茅渟宮跡への案内表示と工事の様子|泉佐野市の史跡を歩いた記録

茅渟宮跡は工事をしている|大阪府泉佐野市上之郷、2026年03月09日撮影 まち歩き

大阪府泉佐野市上之郷に茅渟宮跡という史跡がある。
その周辺は細い道で分かりにくいのだが、道路に案内看板が記された。
久しぶりに茅渟宮跡へ出向くと工事をしていた。という忘備録である。

道路に青い書込みがされた

いつものウォーキングです。
嫁とワイワイ雑談しながらテクテクしていると道路に目立つ青い物が出現。

これって新しく書き込まれたやつや。

道路に茅渟宮跡へ行く案内が記された|大阪府泉佐野市上之郷、2026年03月09日撮影
道路に茅渟宮跡へ行く案内が記された|大阪府泉佐野市上之郷、2026年03月09日撮影

そうそう。茅渟宮跡へ行く道はわかりずらいのよね。

まあーそのー。多分、市役所の仕事だとおもうんだけど。
市役所の目的……。
目的は道案内ってことだよね。いろんな推論は止めよう。

この看板をきっかけに、ウォーキングコースを外れて「茅渟宮跡」へ向かうことにしました。
といっても、隣の筋道を歩くことになるだけだけどね。


茅渟宮跡

茅渟宮跡って何よ?ってなるよね。
なにやら絶世の美女がここに居たとかの史跡です。
茅渟宮跡についての定例紹介文は、本文最後に貼っておきます

茅渟宮跡へ到着。といっても、まず目につくのがガイダンスセンターという建物。

茅渟宮跡横にある衣通姫ガイダンスセンター|大阪府泉佐野市上之郷、2026年03月09日撮影
茅渟宮跡横にある衣通姫ガイダンスセンター|大阪府泉佐野市上之郷、2026年03月09日撮影

この建物の中に、絶世の美女、衣通姫に関する説明パネル展示があるんです。
建物内部の写真は出しませんよ。
もしやの撮影禁止物件とかがあったら怖いでしょ。
室内写真撮影には気を使っております。

えーと、よそ様のページで建物内部の紹介をされているところがあるのでそちらへのリンクを貼っときます。

で、肝心の茅渟宮跡の史跡はどこかというと、
敷地が公園になっていて、そのずーっと奥にひっそりと・・・。

ひっそりとあるんじゃなかったんかーい。
なにやら工事が始まっているぞ。

茅渟宮跡は工事をしている|大阪府泉佐野市上之郷、2026年03月09日撮影
茅渟宮跡は工事をしている|大阪府泉佐野市上之郷、2026年03月09日撮影

これって、豪勢な門を建てている最中ってことだよね。

しょっちゅうこの周辺はウォーキングで通っているのに、
衣通姫さんに挨拶はしていないのよ。
だって史跡だし。見てくれが変化あるものでもないし。

でも、久しぶりに来たんだから、衣通姫さんに挨拶しようってもんだぜ。
しかし、このように三角コーンで通せんぼされてしまう。

茅渟宮跡は門設置の工事中|大阪府泉佐野市上之郷、2026年03月09日撮影
茅渟宮跡は門設置の工事中|大阪府泉佐野市上之郷、2026年03月09日撮影

こういうのに出くわすのが、「なが~ン」の日頃の行い・・・・。

いやいや、ネガティブ指向はいかんぞ。
日常の「なが~ン」クオリティーってことだよね。

嫁は「私にベッピンパワーをよこしやがれ」と挨拶したかったらしい。
(女性陣ってベッピンネタに食いつくよね)

三角コーンギリギリの横っちょから覗き込む。
衣通姫さんの石碑がちょっと見えた。

門設置工事の為、正面から見ることができない|大阪府泉佐野市上之郷、2026年03月09日撮影
門設置工事の為、正面から見ることができない|大阪府泉佐野市上之郷、2026年03月09日撮影

衣通姫さんから「いや~ん、横から見つめないで~」ってキューティハニーのように言われたかもしれない。
で、それがどうした。と言われればそれまでです。

工事してたよ。道に標識記されたよ。という忘備録です。


違う史跡と勘違いしやすい

この場所ですが、ガイダンスセンターを挟んで反対側に別の史跡があるんです。

南君遺徳碑」って大きな石碑があるんよ。さらに「中谷藤吉翁之像」って銅像も立っている。
茅渟宮跡より目立つのよね。

茅渟宮跡の前を通るとき(茅渟宮跡の前が児童公園でトイレがある。そのトイレを使いに来ることがある)に、観光客を見かけたりするのだけど……。
観光客が、「南君遺徳碑」と「中谷藤吉翁之像」と「ガイダンスセンター」を見て
肝心の史跡を拝まないで帰っていくパターンがあるらしい。

つまり横の公園奥にひっそりとある本丸の「茅渟宮跡」に気づいていない。

ちなみに、私の知人も「南君遺徳碑」と「中谷藤吉翁之像」と「ガイダンスセンター」だけを見て、
どこにお姫様がおわすのよ。というのもいたのよ。

それってどうよ。と思うでしょ。
だから、私のこの記事を見て興味をもった方はちゃんと「茅渟宮跡」の前までたどり着いてね。


顔はめパネル、顔はめ看板

話変わります。

「顔はめパネル」「顔はめ看板」ってわかる?

「なが~ン」は昭和生まれのおっちゃんなので、
姫様、殿様、将軍といった歴史もの史跡となると顔はめパネルが思いうかぶのよ。
顔の部分だけがくり抜いてあって、そこに自分の顔をはめて記念撮影するアレです。

顔はめ看板で有名な人のSNSへリンク貼っとくね。
それを見て、そうそう昔はコレがけっこうあったと思いだして。

顔出しパネル愛好家・らんちゃん

衣通姫さんの顔はめ看板ってあってもいいと思うんだけどな。
すでにパネル2種類あるんだし

2023年3月29日撮影、衣通姫さんのパネル
泉佐野市役所で飾ってあった衣通姫のパネル。2023年03月29日撮影
泉佐野市役所で飾ってあった衣通姫のパネル。2023年03月29日撮影

この手のパネルで顔はめ看板のパターンと、
戸板にリアル等身大人形貼り付けて顔部分が顔はめってのもいいよね。

って、そんなこと思いつく瞬間に、私は昭和クオリティーかしら?


「なが~ン」ブログ内での衣通姫さんとの接点

私って地元の史跡が云々ってのに特に興味がない。
だって史跡が「なが~ン」激貧家庭に幸を呼び込んでくれるわけではないから。

それに、私は兵庫県出身で阪神大震災で罹災したのをきっかけに泉佐野に移り住んだから、
泉佐野市との由縁はないのよね。嫁も他所の地から来ているし。

そんな「なが~ン」が衣通姫さんとの接点があってブログに登場しているのは・・・。

ブログ内検索でヒットしたのは次のものだよ。

「なが~ンのごちゃごちゃ」内で2026年3月9日より前に衣通姫さんが当時要する記事
土筆を見つける。キャラクター(衣通姫)のパネル
急に温かくなったよね。だからさー、土筆を見るタイミングを逃した?いつものウォーキングコースにて土筆が生える場所があるんだけど….今年はなにやら一気に生えちゃてさ….おーい、いきなり開き終わりそうな状態じゃんか?なんだろう。春が一気に駆け足で進んでいるような気配だわ。話変わって…貧乏家庭の毎月の日課でございま…
衣通姫 壁画
一昨日(6月3日)のウォーキングで気づきました。テクテクと歩いていたら突然目の前に鮮やかな壁画です。衣通姫さんが、建物側面に大きく描かれてます。ラッピングだったりするのかなーって見てみるのですが、ペイントしていると思います。ちょっと前から足場が組まれていたのは知っていたのですが、まさか壁画だったとは。いいなー。壁画。実…
意賀美神社-ちぬうみ創生神楽、泉佐野丘陵緑地の山桜
この前の日曜日に出かけたときの内容を今頃ブログに書きます。私のブログを見てられる方は、数日前に「予告」ってタイトルがついた記事を書いていたのを覚えてられるでしょうか?それの本篇となります。泉佐野丘陸緑地のことを書きますが、どういうわけか、私が毎年書いている泉佐野丘陸緑地の記事がアクセスが多いのです。特に何ということがな…


以上、忘備録終了。


追記

***** 2026年04月03日 追記 *****

工事完了して新しい門ができてました。
次のブログ記事を見てください。


記事に登場する場所や物、言葉の説明といった情報群だよ。

茅渟宮跡

大阪府泉佐野市上之郷にある古代の伝説・衣通姫伝説にまつわる場所、史跡。
衣通姫は『古事記こじき』・『日本書紀にほんしょき』に登場する女性で、「その美しさのあまり体から発する光が衣服を通して輝いている」と絶世の美女とされている。という伝説があるんだけど・・・。

「なが~ン」の行動記録はこれね

泉佐野市の史跡「茅渟宮跡」を歩く|日本遺産に認定された古代の宮跡
泉佐野市の史跡「茅渟宮跡」を、なが〜ンが歩いた記録。日本遺産「日根荘遺跡群」に含まれ、絶世の美女「衣通姫」に関する古代の伝説・衣通姫伝説にまつわる史跡です。


「なが~ン」がウンチク垂れても仕方ない。説明があるURLを貼っとくね

茅渟宮跡|日本遺産ポータルサイト
日本遺産(Japan Heritage)ポータルサイト「構成文化財検索」ページです。ポータルサイトの茅渟宮跡についてのページです。
茅渟宮跡 | 構成文化財の魅力 | 日本遺産 日根荘
約800年前、九条家が治めた「日根荘」。泉佐野市の日根野・土丸・大木地区には今も荘園の姿がそのまま息づいています。それはどのように継承されてきたのか。その答えは鎌倉時代、日根野地区開発のために描かれた「二枚の絵図」と戦国時代に大木長福寺に滞在した九条政基の日記「政基公旅引付(まさもとこうたびひきつけ)」に隠されています…
茅渟宮跡(ちぬのみやあと)|観光サイト
〒598-00024 大阪府泉佐野市上之郷

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