大阪府泉佐野市上之郷に茅渟宮跡という史跡がある。
その周辺は細い道で分かりにくいのだが、道路菜案内看板が記された。
久しぶりに茅渟宮跡へ出向くと工事をしていた。という忘備録である。
道路に青い書込みがされた
いつものウォーキングです。
嫁とワイワイ雑談しながらテクテクしていると道路に目立つ青い物が出現。
これって新しく書き込まれたやつや。

そうそう。茅渟宮跡へ行く道はわかりずらいのよね。
まあーそのー。多分、市役所の仕事だとおもうんだけど。
市役所の目的・・。目的は道案内ってことだよね。いろんな推論は止めよう。
この看板をきっかけに、ウォーキングコースを外れて「茅渟宮跡」へ向かうことにしました。
といっても、隣の筋道を歩くことになるだけだけどね。
茅渟宮跡
茅渟宮跡って何よ?ってなるよね。
なにやら絶世の美女がここに居たとかの史跡です。
茅渟宮跡
大阪府泉佐野市上之郷にある古代の伝説・衣通姫伝説にまつわる場所、史跡。
衣通姫は『古事記』・『日本書紀』に登場する女性で、「その美しさのあまり体から発する光が衣服を通して輝いている」と絶世の美女とされている。という伝説があるんだけど・・・。
「なが~ン」がウンチク垂れても仕方ない。説明があるURLを貼っとくね


茅渟宮跡へ到着。といっても、まず目につくのがガイダンスセンターという建物。

この建物の中に、絶世の美女、衣通姫に関する説明パネル展示があるんです。
建物内部の写真は出しませんよ。もしやの撮影禁止物件とかがあったら怖いでしょ。室内写真撮影には気を使っております。
えーと、よそ様のページで建物内部の紹介をされているところがあるのでそちらへのリンクを貼っときます。
で、肝心の茅渟宮跡の史跡はどこかというと、敷地が公園になっていて、そのずーっと奥にひっそりと・・・。
ひっそりとあるんじやなかったんかーい。
なにやら工事が始まっているぞ。

これって、豪勢な門を建てている最中ってことだよね。
しょっちゅうこの周辺はウォーキングで通っているのに、衣通姫さんに挨拶はしていないのよ。
だって史跡だし。見てくれが変化あるものでもないし。
でも、久しぶりに来たんだから、衣通姫さんに挨拶しようってもんだぜ。
しかし、このように三角コーンで通せんぼされてしまう。

こういうのに出くわすのが、「なが~ン」の日頃の行い・・・・。
いやいや、ネガティブ指向はいかんぞ。
日常の「なが~ン」クオリティーってことだよね。
嫁は「私にベッピンパワーをよこしやがれ」と挨拶したかったらしい。
(女性陣ってベッピンネタに食いつくよね)
三角コーンギリギリの横っちょから覗き込む。
衣通姫さんの石碑がちょっと見えた。

衣通姫さんから「いや~ん、横から見つめないで~」ってキューティハニーのように言われたかもしれない。
で、それがどうした。と言われればそれまでです。
工事してたよ。道に標識記されたよ。という忘備録です。
違う史跡と勘違いしやすい
この場所ですが、ガイダンスセンターを挟んで反対側に別の史跡があるんです。
「南君遺徳碑」って大きな石碑があるんよ。さらに「中谷藤吉翁之像」って銅像も立っている。
茅渟宮跡より目立つのよね。
茅渟宮跡の前を通るとき(茅渟宮跡の前が児童公園でトイレがある。そのトイレを使いに来ることがある)に、観光客を見かけることがある。
その観光客が、「南君遺徳碑」と「中谷藤吉翁之像」と「ガイダンスセンター」を見て帰っていくパターンがあるらしい。
つまり横の公園奥にひっそりとある本丸の「茅渟宮跡」に気づいていない。
ちなみに、私の知人も「南君遺徳碑」と「中谷藤吉翁之像」と「ガイダンスセンター」だけを見て、どこにお姫様がおわすのよ。というのもいたのよ。
それってどうよ。と思うでしょ。だから、私のこの記事を見て興味をもった方はちゃんと「茅渟宮跡」の前までたどり着いてね。
顔はめパネル、顔はめ看板
話変わります。
「顔はめパネル」「顔はめ看板」ってわかる?
「なが~ン」は昭和生まれのおっちゃんなので、姫様、殿様、将軍といった歴史もの史跡となると顔はめパネルが思いうかぶのよ。
顔の部分だけがくり抜いてあって、そこに自分の顔をはめて記念撮影するアレです。
顔はめ看板で有名な人のSNSへリンク貼っとくね。それを見て、そうそう昔はコレがけっこうあったと思いだして。
衣通姫さんの顔はめ看板ってあってもいいと思うんだけどな。
すでにパネル2種類あるんだし

この手のパネルで顔はめ看板のパターンと、戸板にリアル等身大人形貼り付けて顔部分が顔はめってのもいいよね。
って、そんなこと思いつく瞬間に、私は昭和クオリティーかしら?
「なが~ン」ブログ内での衣通姫さんとの接点
私って地元の史跡が云々ってのに特に興味がない。
だって史跡が「なが~ン」激貧家庭に幸を呼び込んでくれるわけではないから。
それに、私は兵庫県出身で阪神大震災で罹災したのをきっかけに泉佐野に移り住んだから、泉佐野市との由縁はないのよね。嫁も他所の地から来ているし。
そんな「なが~ン」が衣通姫さんとの接点があってブログに登場しているのは・・・。
ブログ内検索でヒットしたのは次のものだよ。



以上、忘備録終了。


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